当院について

院長からのご挨拶

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院長 湖崎 亮

湖崎眼科は、昭和2年に祖父・湖崎清一が南区鰻谷(現在の心斎橋三休橋)に開設いたしました。その後、父・湖崎弘が継承するにあたり昭和43年に現在の阿倍野区阪南町へ新築移転し、平成6年に弘が急逝した後は叔父・湖崎克が医院を守り、平成13年には克の長男・湖崎淳が院長に就任しました。そしてこのたび、私が5代目院長として湖崎眼科を継承することとなりました。

約100年にわたり地域医療を続けてこられたのは、多くの患者さんや地域の皆さまに支えていただいたおかげであり、心より感謝申し上げます。

私たちは、この伝統に安住することなく、常に進歩する医学を学び続け、より良い医療を追求する姿勢を大切にしています。新しい知識や技術を積極的に取り入れながらも、本当に患者さんのためになる医療を提供すること―。世代を超えて受け継いできたこの信念こそが、地域の皆さまから信頼をいただいてきた礎であると考えています。

私が院長に就任するにあたり、日々の診療で最も大切にしている理念は、「新しい医療を、安全に」と「患者さんに寄り添う医療」の二つです。

一、「新しい医療を、安全に」
医学は日々進歩し、新しい薬剤や治療法が次々と開発されています。しかし、「新しい」という理由だけで現場に取り入れることは、必ずしも患者さんにとって最善とは限りません。中には、長期的な有効性や安全性について、十分な検証が必要なものも少なくないからです。 当院では科学的根拠(エビデンス)を重視し、有効性と安全性が十分に確認された医療を積極的に導入しています。

常に最先端の知識をアップデートしながらも、患者さんに心から安心して受けていただける医療を提供することが、私たちの使命です。

二、「患者さんに寄り添う医療」
孔子の言葉に「己の欲せざる所、人に施すことなかれ」があります。
私たちはこの言葉を、「自分自身や家族に受けてもらいたいと思える医療を、すべての患者さんに提供すること」と受け止め、日々の診療の指針としています。

患者さん一人ひとりが抱える不安や悩みに真摯に耳を傾け、病状や治療内容を分かりやすくご説明し、ご納得いただいたうえで最善の治療をご提案すること。それが私たちの考える「患者さんに寄り添う医療」です。

これからも先人たちが築き上げてきた信頼を大切にしながら、医学の進歩を柔軟に取り入れ、「新しい医療を、安全に」、そして「患者さんに寄り添う医療」を実践し続けてまいります。

地域の皆さまに「湖崎眼科に来てよかった」と感じていただける眼科クリニックを目指し、スタッフ一同、日々研鑽を重ねてまいります。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

***湖崎眼科の歴史

1894年(明治27年)
湖崎 武吉 が、井上眼科病院を退職後、香川県高松市に開院
1927年(昭和2年)
湖崎 清一 が、大阪市南区鰻谷(現在の心斎橋三休橋)に開院
1945年(昭和20年)
米軍の空襲により焼失し、大阪市阿倍野区阿倍野筋に移転開院
1968年(昭和43年)
湖崎 弘 が、大阪厚生年金病院(現:大阪病院)を退職後、大阪市阿倍野区阪南町に新築開院(移転)
1970年(昭和45年)
医療法人「湖崎会」と改組する
1983年(昭和58年)
湖崎眼科アクティ大阪分院(現:湖崎眼科梅田分院)を開設
1994年(平成6年)
湖崎 弘 の死去により、湖崎 克 が後を継ぐ
1995年(平成7年)
湖崎 淳 が、関西医大眼科を退職後、本院で診療を始める
2001年(平成13年)
克が法人の院長を辞し、淳が院長に就任
2007年(平成19年)
湖崎 亮 が、日生病院を退職後、湖崎眼科で診療を始める
2016年(平成28年)
阿倍野区本院建て替え工事のため、近隣の文の里商店街に一時移転
2017年(平成29年)
前田直之(大阪大学大学院医学系研究科特任教授)が、湖崎眼科に就任
2017年(平成29年)
10月 元の場所の阿倍野区阪南町に本院新築移転
2026年(令和8年)
7月 湖崎 亮が後を継いで院長となり、湖崎淳が理事長、前田直之が副院長を務める

湖崎眼科の沿革はこちら

***臨床研究について

・当院では、よりよい診断や治療のための医学的なデータを得るために臨床研究を実施しております。

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